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身振りを鋭く観察する人は民族学者が最右翼だろう。それが内省化した代表格にレヴィー・ストロースがいる。日本での講演で「偏見を克服するために人類学を学ぶ」と語っていたが、身振りの内省化の鋭さがこの不出生の人類学者にはあった。
▼身振りの話を出したのは、テレビでタレントがよくする賛意をあらわす拍手だ。思わず立ち上がり、胸のあたりで思い切り拍手をする。こんな拍手はよほどのことがないかぎりやらないものだが、いまは頻繁に見かける。
▼それほど賛意をあらわす必要があるのかとも思うが、自分をアピールするためには拍手もオーバーアクションでなくてはならない。それと重要なのは「私はその場の空気をちゃんと読んでいます」という最大限のアクションなのだ。
▼しかしいかにも人工的な拍手は全体主義国家で見かける映像だ。考えれば、現代の英雄、テレビのタレントは拍手のアクションでも時代を先取りする身振りを身につけているのかもしれない。全体主義国家といったが、オーバーアクション(拍手)はいまの資本主義社会の最大の賛辞なのだ。全体主義というと、社会主義国家とイメージするのはとんでもない発想であることもここで気づくべきだろう。
▼話が受けて笑う、賛意を示す。その身振りはいろいろあっていい。思わず膝をたたく男性、ただニンマリする女性。口を押さえる女性。いまは性差もなければ、年齢差もない。派手に拍手する。口を大きく開けて拍手しながら立ち上がる。
▼そうしないと生きていけないと直感するからか。身振り(拍手)がオーバアクションの一定したスタイルになる。体の動きが統制化されるわけだ。日本の体育が軍事訓練の思想にもとづき強制されたが、21世紀に入り同じ道をたどっているのがあのオーバーな拍手なのかもしれない。
▼体から心へと訓練される。統一された過剰な拍手は心も体の反応と同じになる。町であのオーバーな拍手がよく見かけられれば、もう既に遅いかもしれない。単なる拍手の観察と思うことなかれ。
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